■タレかつ丼の歴史
それは、昭和20年代にさかのぼります。 当時、新潟市中心部には、写真の様な風情のお堀がはりめぐらされていたそうです。 この写真はその頃の新潟市西堀という所です。 現在は埋め立てられて道路になっていますが、西堀という住所名は、本当に堀だった為についた名前なのですね。 この堀のほとりには、色々な屋台が並んだそうです。 その一つに、現在の西堀6番町の「とんかつ太郎」創業者である、故小松道太郎氏が引く、屋台がありました。 ここで出されていたカツ丼が、玉子でとじないカツ丼だったのです。 ・・これが新潟タレかつ丼のルーツです。 弊社の創業者である高橋正光は、この「とんかつ太郎」で修行の後、昭和40年に独立して、新潟市沼垂に「とんかつ政ちゃん」を開店致しました。 近年では、この玉子でとじない新潟スタイルのかつ丼が、めずらしい丼として全国的に認知されつつある様ですが、新潟市民には、このカツ丼を"ごく普通のカツ丼"として認知されています。 さて、"新潟タレかつ丼""醤油タレのかつ丼""タレカツ""タレカツ丼"等の呼称は、私が、20年程前に考案したものです。 それまでは、この、新潟スタイルのカツ丼が当たり前の新潟市民の多くは、玉子で閉じないカツ丼を、単に"かつ丼"と呼んでいた事、あるいは、そう呼びたい気持ち(実際に弊社でも、メニュー表記は当時から今まで、単に”かつ丼”としています。)であるが故に、"新潟のスタンダードはこのカツ丼"。な訳ですから、昭和60年以前は、ことさらに"かつ丼"以外の呼称を付けたり、他の表現をしたりする必要がなかったのですが・・ しかし、全国各地のメディアから取材を受ける機会が大変多くなり初めましたのも、この頃です。 当時は、その度に、玉子で閉じないが故に、それだけで、何故か「ソースかつ丼」と、括られてしまう事が多かったのです。他県のソースカツ丼の知名度が先行していたのでしょう。 そんな折、「こんなに美味しい新潟のカツ丼を全国に発信する事は、日本国民の幸せにも繋がるのでは?それを私の一生を掛けた仕事にしよう。それには、このかつ丼の独自性を、全国の皆様に表現する言葉が何か必要だ。」このように考えるに至りました。 それからは、取材を受ける度に、「醤油タレのかつ丼」として、そのルーツと共に、各方面に広くアナウンスしてまいりました。取材の趣旨によっては、より、その趣旨にそぐう他店を推薦する事も多々ありました。 これが現在、新潟のカツ丼を、「タレかつ」「タレカツ」「たれかつ」として広く認知される一助となったのではと考えております。 株式会社とんかつ政ちゃん 代表取締役 高橋正広
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